■  高森駅のフジイさん ■ 

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作: 進行豹 
朗読: 
門脇舞以

表紙イラスト: きなこん
収録: クサノユウキ from STRIKERS(77STUDIO)
編集 :
新井健史 (HRMエンターテイメント)






(物語の全文は、以下でお読みいただけます)

羽後矢島(うごやしま)の機関区から、
一人の機関士がいなくなりました。

まだ少年の機関士でした。
戦時徴用の機関士でした。

戦争で、働きざかりの機関士たちがどんどん兵隊にとられてしまい、
だからとにかく少年たちがかき集められ。

乗務を通じて鍛えて鍛えて、無理をさせても頑張らせ。

そうやって、ようやくのこと、機関士になれた少年でした。

兵隊にとられた機関士は、帰ってきません。

兵隊にとられた機関士は、
戦場での輸送のために機関車の運転をさせられて。

――そうして当然、輸送路ほど狙われやすいものはないからです。


製造されてからの、ほんの数年の間にもう、
そんなことばかりをイヤというほど知らされてしまった、まだ年若い蒸気機関車は、
水タンクが空になってしまうほど泣きました。

泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。

「あーん、あーん、あーん、あーん」

年若い蒸気機関車は、いつの間に、
自分が泣き声をだしていることに気が付きました。

「ああ……ボクは泣いてる。声がでる」

だから、年若い蒸気機関車は知りました。

自分が、つくもがみ――
長い長い年月を経て、大事にされて、魂を得た物にやどる、
神様というか、精霊というか――
そうしたものに、なっているのだということを。

「……あんまり悲しい思いを、
ボクはたくさん、たくさんたくさんしすぎたからだ」

何人も。何人も。何人も。

仲良くなった機関士さんが、機関助士さんが、
庫内手さんが、駅員さんが、
車掌さんが、保線夫さんが、
踏切警手さんが、信号係さんが、
お客さんが――

戦争にとられ、二度とは帰ってきませんでした。

少し前まで、美味しい石炭をたくさん食べて走るときには、
客車の中のお客さんは、みんな笑顔で、
楽しくおしゃべりしていました。
列車の中で弁当を使い、りんごを分け合っておりました。

けれども今は、
石炭はすっかりカスカスで、木炭が混じることさえありました。
客車の中には相変わらず、たくさんのお客さんがいましたが、誰一人笑いも、喋りも、食べもしません。

走ることさえ、いまではすっかり悲しいと――
年若い蒸気機関車は、そう感じるようになっていました。

「悲しい思いが何年分も、何十年分も積み重なって――
だからボクは、こんなに早くつくもがみになっちゃったんだ」

けれど。
しゃべれることは、しゃべれないより良いことのように思いました。

人間のような手足を持って、レールがない場所でだって自由に動き回れることは、もっと良いことのように思えました。

だから、年若い蒸気機関車は、思いました。

「悲しい思いで、つくもがみになったボクだけど――
つくもがみになるまえよりも、なったあとの方がずっと楽しい!」

つくもがみになった年若い蒸気機関車は、
つくもがみの小さな体で、本当の自分の体――
黒光りする罐胴を、動輪たちを眺めてみました。

「ボクは走れる。機銃掃射もうけたことがない。
レールはきちんと伸びている。ボクは、元気に走れるんだ!」

そう考えれば、こころが晴れやかになってきました。
涙は、いつの間にか止まっています。

「だから、走ろう。走れなくなったみんなの分まで。
これからは楽しい思いだけ、レールの先に、届けよう」

――戦争は、どんどんひどくなりました。
羽後矢島にも、空襲の被害がありました。

けれど、走って、走って、走って。
走り続けるそのうちに――やがて、戦争は終わりました。

「これから、どんどん良くなるぞ!」

年若い蒸気機関車は、そういって、
明るく軽く、笑いました。

その笑いに答えるように、
二度とは帰ってこないと思い込んでいた人たちも、ぽつぽつと――
本当にぽつぽつとですが、羽後矢島へと帰っていました。

それを見届け、安心して。
年若い蒸気機関車は、羽後矢島を後にしました。

もっと戦争の被害がひどい、だから、元気に走れる蒸気機関車を必要とする――そんな土地が、日本にはいくらもあったからです。

東小倉で。豊後森で。鹿児島で。

走って、走って、走るうち――
年若い蒸気機関車は、もう、年若いとはいえなくなるほどの車歴を重ねました。

他の蒸気機関車のつくもがみたちとも知り合いになりました。

そうしたつくもがみは、みんな名前を持っていました。
名前を、つけてもらっていました。

長い時間、大事に大事にしてもらい、愛情をたくさんそそいでもらい、そうしてつくもがみになったから。

大事にしてくれただれかが――彼女たちに、名前をあげていたのです。

「名前がないなんておかしいよ」

そういわれた、今はもう若くなくなった蒸気機関車は、一生懸命、自分の名前を考えました。

C12の、241。241。241。

一生懸命考えるうち、フジイ、という名前が思い浮かんできました。

C12 241をつくもがみにした――兵隊に取られてしまったあの少年――そうして結局、最後まで帰ってくることはなかった機関士の、それは名字でした。

「ボクは、フジイだ。C12の、フジイさんだ」

それは、おかしな名前でした。
もともとからして名前ではなく、名字なのだから当然です。
他のつくもがみたちの、大事な誰かに与えてもらったどの名前とも、少しもにていない名前でした。

けれど。
他のどのつくもがみも、フジイさんを笑ったりしませんでした。

それが大事な名前なのだと、強く、伝わってきたからです。

「いいなまえだね、フジイさん」

ほめてくれたのはB20 10――
小柄なC12よりももっと小さな、入換用の機関車でした。

「ありがとう。おちびさん」

お友だちができて、名前もついて。

楽しい楽しい鹿児島時代には、晴れ舞台まで経験しました。

おちびさんのB20 10と、きむずかしやのC55 10と、とてもおしゃれな48696と――そうして、フジイさんのC12 241と。
4重連で、客車3両のイベント列車を引いたのです。

「本線に出て、客車をひけるなんて思わなかった!」

おちびさんの喜びようったらありません。

三両に満員のお客さんたちも、笑って、しゃべって、とても美味しそうなおべんとうを食べて、みかんをわけあっていました。

もちろん、石炭も上等な瀝青炭(れきせいたん)です。

「走り続けてきてよかった!」

フジイさんも、明るく、軽く、笑って。
高らかな汽笛を鳴り響かせました。

「ボクはもっと、たくさんの笑顔を運ぶんだ!!」

けれどそのとき――
蒸気機関車の時代は、もう、
終わりに近づきつづありました。


1974年7月。
熊本区において、フジイさんの――
C12 241の動輪は、その働きを、止めました。

廃車になって。
けれど、フジイさんとC12 241には、
新しい生活が待っていました。

高森線の高森駅前に、静態保存されることになったのです。

お化粧がわり、ということなのでしょうか?

切り詰められた門デフを新しくつけられたC12 241の姿は、
ちょっと、フジイさんには見慣れないものでした。

「おかしな格好!
これをみたら、みんなもきっと、ケラケラケラってわらってくれる!」   

だからやっぱり、フジイさんは、明るく軽く、笑います。

「そうしたら、ボクに代わって走り出す、
もっと若くて高性能の列車たちが、
たくさんのたくさんの笑顔をきっと、
レールの先に届けてくれる!」


やがて、高森線が第三セクター・南阿蘇鉄道になって。

トロッコ列車の「ゆうすげ号」が走り出すようになると、
フジイさんの生活には、新しい張りが出てきました。

ぴかぴかの新車のディーゼル車。
DB16 01とDB16 02のふたごが、南阿蘇鉄道にやってきたからです。

ぴかぴかの新車ですから、つくもがみにはまだなれません。
けれど――それでも、おしゃべりくらいはできます。

「やぁふたごちゃんたち。ボクはフジイさん。
そこにいる、C12 241のつくもがみだよ」

「そこにいるって、どこ?」
「みつけた! あそこ!
でも、れーるがつながってないよ」 
「れーるがなくっちゃ、はしれなくない?」

「そうだね、ボクはもう走れない。
静態保存の機関車なんだ。だけど」

「はしれないのに、きかんしゃなの? へんなのー」
「おかしーの」
「「ねーーーー!」」

……まったくもって、ピカピカの新車ときたらナマイキです。

けれど、フジイさんはやっぱりケラケラ、明るく軽く笑います。

「そうだね、ボクはヘンテコなんだ。
だから、ヘンテコじゃないキミたちは、
ボクの分まで、お客さんたちの笑顔をたくさん運んでよ」

「いわれなくてもするもーん」
「それがあたしたちのしごとだもーん」

「ああ、そうだね。本当にそうだ。素敵な仕事だ。
きみたちは、トロッコ列車を牽引するため――
お客さんたちの笑顔を運ぶためだけに、産まれてきた機関車たちなんだから」

「えがおのおきゃくさんをはこぶほかのしごとなんてあるの?」
「きっとないよ、そんなの」
「「ねーーーー!」」

ふたごのDB16たちは、本当にナマイキです。
けれど、その仕事っぷりは、フジイさんを大喜びさせました。

彼女たちが引くトロッコ列車をおりてくるお客さんたちの顔は、
阿蘇に輝く太陽よりも、もっとまぶしく輝くのです。

「これはいいな。すばらしいな。
ボクが教えることなんて、もうなんにもなさそうだ」

フジイさんは安心したのか、
だんだんと出歩かなくなりました。

静態保存されたてのときには大人気だったC12 241も、
だんだん誰もに、素通りされてしまうようになってきました。

「ずいぶん走った! 楽しかった!
そろそろ休んでもいいころかもな」

居眠りをして、現役時代の夢を見て。
夢の中で鳴らした汽笛で、びくりと目覚める――
そんな日々が、増えてきました。

けれど。

フジイさんの静かで幸せな眠りは、夢は。
大きな地震に、打ち壊されてしまいました。

ひどく、何度も揺れました。

なきわめく声が、車庫から聞こえてきます。
フジイさんは、あわてて車庫へと走っていきます。

「こわいよう」
「もうはしれなくなっちゃったよう」

ふたごのDB16たちは、すっかり怯えてしまっていました。

「ああ――まだ教えられることがあった」

フジイさんはたちあがり、DB16たちにやさしく声をかけました。

「なにがこわいっていうんだい?
なんで、走れないって思うんだい?」

「じしんでゆれるのがこわいよう」
「きかんしさんがきてくれなくちゃ、はしれないよう」

「それはこわいね。さみしいね」

フジイさんは、DB16 01とDB16 02の車体をポンっと明るく、叩きました。

「だけど、ボクは知ってるよ?
こわいのなんて、今だけだって。
走れないのも、今だけだって」

「どうして、こわくなくなるの?」
「どうして、はしれるようになるの?」

「それはね? とってもかんたんなことさ」

――たくさんのたくさんの人たちと、フジイさんはお別れしてきました。

空襲に焼かれた町の姿を、フジイさんは見てきました。

かつては走ったレールをたくさん、フジイさんは失ってきました。

だから、フジイさんは。
明るく、軽く、笑えるのです。

「人間は、とても強いから。
ボクらを作った人間は、今日泣いてても、明日にはきっと立ち上がるから」

「そう……なの?」
「きかんしさん、あしたは――きてくれるの?」

「うん! きてくれる!」

フジイさんが明るく笑うと、ふたごのDB16たちは、少し落ち着いたようでした。

「きてくれても……だけど、どうにもならなくない?」

「どうしてそんなことを思うんだい?」

「むせんがたくさんとんでるの。はしがおちたって」
「どうろがとぎれちゃったって」
「せんろ、どしゃくずれでうまっちゃったって」
「だから、きてくれてもやっぱり」

「大丈夫」

フジイさんでさえ、苦しいと――
笑えなくなってしまうこともありました。

けれども、そうしたときも越え、
フジイさんは、走り続けてきたのです。

「人間は、助け合えるから。
もし、ここにいるみんなの力だけでは足りなくても、
たくさんのたくさんのたくさんの手が、
必ずレールを、ふたたびつないでくれるから」

「そう、なの?」
「わたしたち、またはしれるの?」

「ああ、必ず。
だって君たちは、笑顔だけを運ぶために産まれてきた機関車なんだから。
君たちが走れば、みんなは必ず、すぐに笑顔になれるんだから!」

「なら、もうなかない!」
「なら、もうこわくない!」

「うん!」

フジイさんが、明るく、軽く笑うと。
ふたごのDB16たちも真似をして、明るく、軽く笑いました。

……フジイさんの笑い声も、
ふたごのDBたちの笑い声も、
人間の耳には聞こえません。

けれど、聞こえなくても――
それでもなにかが、届いたのかもしれません。

地震から、わずか100日ほどのち。
土砂崩れの被害が比較的軽くすんだ、南阿蘇鉄道の一部、
高森-中松間は、見事に復旧をはたしたのです。

「はしれる! わたしたちまたはしれる!!」
「みてて! みんなをえがおにするから!」

ふたたび走り出したトロッコ列車をおりた人たちは、
やっぱり、阿蘇の太陽よりも眩しい笑顔を輝かせます。

「よかったよかった!」

フジイさんは、明るく、軽く、ケラケラ笑い。
そうしてふたたび、のんびりとした眠りの中に戻ります。

「これなら、すっかり安心だ」

 


……もしもあなたが高森駅にくることがあったら、
そのときはどうぞ、駅前のC12 241を見てみてください。

その中に、いまもフジイさんはいます。
安心をして、きっとぐっすりねこけています。

あなたがもしも声をかけても、笑いかけても、
フジイさんはなかなか、起き出してくれないかもしれません。

だって――
フジイさんは知っているのですから。

人間は強いということを。

人間は助け合えるということを。

だから、南阿蘇鉄道は――
フジイさんがのんびり眠ってる間に、きっと、全線復旧するってことを!


(おしまい)




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